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  • 2021.11.01

journal|不思議の町 松崎町

il azzurriから車で南下すること約10分。
西伊豆町の南側に松崎町という小さな町がある。

松崎町は不思議な町だ。町のキャッチフレーズは「花とロマンの町」。たしかに温暖な気候ゆえ、花がたくさん咲いている。ではロマンとは…?

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松崎町内を歩いてみると、妙な静けさと賑やかさを感じる。“静けさ“と“賑やかさ“とは相反する形容詞だが、穏やかな川の流れ、人の姿はまばら。うららかな天気も相まって実に静かで落ち着く。その一方で、激しい凹凸を持ったなまこ壁のどこまでも続く白と黒のコントラストは、意外に激しくダイナミックなエネルギーを感じる。

「なまこ壁」とは漆喰壁の一種で、平瓦を壁に貼り付け、目地を漆喰で海の生き物「なまこ」のように盛り上げる技法のこと。防火性や保温性に優れていて、いわゆるお金持ちの家の塀や蔵によく見られる。もともとは全国各地にあったそうだが、現代では数が減り、松崎町はなまこ壁が数多く残る貴重な町になった。

ただ……それにしても多いのでは?というのが率直な印象。鉄道がなく過度な開発を免れたことが主な要因とのことだが、そもそもこんなにもなまこ壁が立ち並ぶほどこの町は突出したお金持ちがたくさんいたのだろうか?港町とはいえ、伊豆半島の突端に近い田舎町で、それほど交易や商業が盛んだったとは思えない。実際、松崎町周辺の他の町にはこれほどのなまこ壁は見かけないのだ。

たまたま出会った地元の町に聞いてみると、「長八さんという方がいたからね」とのこと。

長八さん…?

調べてみると、「長八さん」とは江戸末期から明治初期まで活躍した左官職人の名工「入江長八」のこと。生まれ故郷である松崎町に、数多くの漆喰の作品やまなこ壁を残したらしい。つまり、この町はひとりの名工の存在によってこんなにも個性的な存在になったというのだ。

もしかすると、この町の人は、普通ならそこまでしない家や蔵にも長八さんになまこ壁を発注し、長八さんも気軽に引き受けてくれたのかもしれない。なまこ壁10mを仕上げるのにどれくらい時間がかかるのかわからないが、決してラクな作業ではないだろうに、この町の人にとってはカジュアルに「よろしく!」って感じだったのか。もしくは、この町の人にとってなまこ壁で自邸を着飾ることが、一種の流行かステイタスになったのだろうか。などと、勝手な妄想を楽しんでみる。

あらためて見てみると、松崎町はわりとなんでも装飾的な印象がある。

長八さんの作品を紹介する「伊豆の長八美術館」の外観。


(松崎町観光協会ホームページより)

町内にいくつもかかっている橋にも。

いろんな場所に目を引く装飾がほどこされていて、ただブラブラと町歩きをするだけでも興味深い景色がたくさん見られる。今どきならインスタ映えかもしれないし、カメラが好きな人ならたまらないだろう。

もちろんこれらのなかには近年にできたものも多いのだが、この、何事もひと工夫加えてしまうところ、ワンランク上の美しいものを目指そうとする心意気は、伊豆の長八の時代から受け継がれた精神なのかもしれないし、「ロマンの町」となったルーツなのかもしれない。

観光名所は新型コロナウィルスの影響で、閉館なども多かったようだが、10月からは再開しているところも多いらしいので、“小さな発見“に満たされたい人はぜひ出かけてほしい。

 

ライター 五十嵐友美
1980年生まれ。全国を旅しながら、ホテル、旅、観光のことを書いています。

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